2010,08,21, Saturday
話し方教室の先輩の方々と現在の生徒での「偲ぶ会」に参加させていただきました。
金光先生がテキストを作り、この話方教室を開かれたそうです。現在は各地に教室がたくさんあるそうです。この話し方教室は、話し方のテクニックを教えるものではありません。金光教の教えに則り、人間関係を良好に保つ話し方、生き方を教えてもらっております。でも、信徒さんが生徒なのは、この本郷教室だけで、他の教室は一般の方が生徒のようです。
金光先生は、ひょっとすると、御神願成就のために、この教室をひらき、ひろく金光教の教えの布教にあたられたのではないでしょうか?そんな気持ちにさせられた偲ぶ会でした。
布教は自分の出来そうな方法でやればいいのかもしれませんね。決して信徒さんを増やすばかりが布教ではないのかも?。教祖さまの教えを広めることで、人が助かりさえすればいいことなのでしょうね。
金光先生がテキストを作り、この話方教室を開かれたそうです。現在は各地に教室がたくさんあるそうです。この話し方教室は、話し方のテクニックを教えるものではありません。金光教の教えに則り、人間関係を良好に保つ話し方、生き方を教えてもらっております。でも、信徒さんが生徒なのは、この本郷教室だけで、他の教室は一般の方が生徒のようです。
金光先生は、ひょっとすると、御神願成就のために、この教室をひらき、ひろく金光教の教えの布教にあたられたのではないでしょうか?そんな気持ちにさせられた偲ぶ会でした。
布教は自分の出来そうな方法でやればいいのかもしれませんね。決して信徒さんを増やすばかりが布教ではないのかも?。教祖さまの教えを広めることで、人が助かりさえすればいいことなのでしょうね。
2010,08,04, Wednesday
森林管理士(地球温暖化阻止のため、森林の持つ、二酸化炭素を吸収・貯留する能力を向上させるため、森林管理を行う専門家です。)の資格を持つ、私が講師を務めた。
小学生と保護者ら約31人が参加、樹木は日陰をつくり平均気温を4度Cも下げることを学んだり、樹木の高さを二等辺直角三角形の縮図を用いて測ったり、また、幹周りから直径を算出し、その樹木の葉の面積とCO2(二酸化炭素)吸収量を計算し、調べた樹木1本が吸収できる二酸化炭素の量から、何人の人間が生かされているのか?を問い質した。
子供たちは「直角三角形で高さを測るのは初めは難しかったけど、慣れると面白い」と何本もの木の高さを測定していた。また、この夏の様な炎天下では、木陰の気温を下げる身近な緑の役割を実感していた。
子供たちの感想の中で「人間は自分で生きてきたと思っていたが、今回の環境学習会を通じて、われわれ人間は、これらの樹木、森林によって生かされていることを学んだ。」と天地の働きに感動していた。
私としても、下野新聞(地元の新聞社)の取材の中で「木に関心のある子が来てくれて、一生懸命と取り組んでくれた。大人にも樹木に関心を持ってほしい」と結んだ。
小学生と保護者ら約31人が参加、樹木は日陰をつくり平均気温を4度Cも下げることを学んだり、樹木の高さを二等辺直角三角形の縮図を用いて測ったり、また、幹周りから直径を算出し、その樹木の葉の面積とCO2(二酸化炭素)吸収量を計算し、調べた樹木1本が吸収できる二酸化炭素の量から、何人の人間が生かされているのか?を問い質した。
子供たちは「直角三角形で高さを測るのは初めは難しかったけど、慣れると面白い」と何本もの木の高さを測定していた。また、この夏の様な炎天下では、木陰の気温を下げる身近な緑の役割を実感していた。
子供たちの感想の中で「人間は自分で生きてきたと思っていたが、今回の環境学習会を通じて、われわれ人間は、これらの樹木、森林によって生かされていることを学んだ。」と天地の働きに感動していた。
私としても、下野新聞(地元の新聞社)の取材の中で「木に関心のある子が来てくれて、一生懸命と取り組んでくれた。大人にも樹木に関心を持ってほしい」と結んだ。
2010,07,31, Saturday
「東光合唱団の20周年によせて」のコンサートが川口文化センターリリア音楽ホールで開催されました。合唱団のTさんにチケットを頂きました。500人定員のホールがほぼ満員でした。
だれもが親しんできた曲ばかりでした。最初のころは、合唱がピアノの音量に負けているようで、チョット違和感がありました。お箏との合唱あたりから、調和されてきて、混声合唱「今月今月で一心に頼め」からは、うっとりとするような、すばらしい合唱になりました。「思い出の曲を集めて」では、さすがに歌いこんだような曲で編成、指揮者、ピアノ、ソロ、合唱ともプロ並でした。特にソロは音量,音質、歌唱力とも、びっくりするほど、すばらしいものでした。すっかり命の洗濯をしてもらえました。有難うございました。
「しおり」によると「コーラス活動を通じて、信奉者間の連帯を図り、金光大神の道に生きる喜びを共にして、布教の意欲を高め、金光教文化の創造に寄与する」との目的を掲げて20年も活動されておるようです。頭の下がる思いがしました。 少しは見習いたいものです。
だれもが親しんできた曲ばかりでした。最初のころは、合唱がピアノの音量に負けているようで、チョット違和感がありました。お箏との合唱あたりから、調和されてきて、混声合唱「今月今月で一心に頼め」からは、うっとりとするような、すばらしい合唱になりました。「思い出の曲を集めて」では、さすがに歌いこんだような曲で編成、指揮者、ピアノ、ソロ、合唱ともプロ並でした。特にソロは音量,音質、歌唱力とも、びっくりするほど、すばらしいものでした。すっかり命の洗濯をしてもらえました。有難うございました。
「しおり」によると「コーラス活動を通じて、信奉者間の連帯を図り、金光大神の道に生きる喜びを共にして、布教の意欲を高め、金光教文化の創造に寄与する」との目的を掲げて20年も活動されておるようです。頭の下がる思いがしました。 少しは見習いたいものです。
2010,06,13, Sunday
皆さんで開教100年祭の準備を進めております。
玄関にある下駄箱2個を新品に交換するかどうか検討している時です。教会長先生が、きれいにペンキを塗って使いましょう。との事で決まりました。
そのお話を聞いていて、『物には命がある。命あるうちは大切に使わせていただきましょう。』というように思われました。ただ新品に取り替えて、綺麗にすればいいという考えでは不十分なんだな~~と気がつかせて頂きました。義祖母がお金に余裕が出てきても、奢ることなく物を大切に手入れして、とことん使い切るような生活をしながらも、『有難い。有難い』と言っていたなあ~~と思い出しました。
私たちのバザーにも、子供が大きくなって使えなくなった物などを提供してくださる方、それを買って使ってくださる方、みんな物を大切にする心に支えられております。その収益金がハンデイのある方のために使わせて頂いている訳です。またゴミを少なくして、環境保護の点からも大切な事なのですよね。
幸か不幸か私にはお金がないので、そう簡単には新品に交換できませんけど・・・・・・・・・。
玄関にある下駄箱2個を新品に交換するかどうか検討している時です。教会長先生が、きれいにペンキを塗って使いましょう。との事で決まりました。
そのお話を聞いていて、『物には命がある。命あるうちは大切に使わせていただきましょう。』というように思われました。ただ新品に取り替えて、綺麗にすればいいという考えでは不十分なんだな~~と気がつかせて頂きました。義祖母がお金に余裕が出てきても、奢ることなく物を大切に手入れして、とことん使い切るような生活をしながらも、『有難い。有難い』と言っていたなあ~~と思い出しました。
私たちのバザーにも、子供が大きくなって使えなくなった物などを提供してくださる方、それを買って使ってくださる方、みんな物を大切にする心に支えられております。その収益金がハンデイのある方のために使わせて頂いている訳です。またゴミを少なくして、環境保護の点からも大切な事なのですよね。
幸か不幸か私にはお金がないので、そう簡単には新品に交換できませんけど・・・・・・・・・。
2010,06,10, Thursday
巴波教会の境内を花いっぱい運動で奉仕させてもらっっている身には、参拝者の人々に花がきれいですねと褒められるのが、
神様に褒められているようで、うれしい。
今回の大祭後の教話では、栃木教会の土方教会長より、「おかげはタライの水」との、み教えをご自身の経験をベースに披歴してくださった。
親子関係の中にも、ご自身の修行時代、結城教会からの帰りが遅いと母上から毎度の様に譴責された。なんで自分の行動がわかってくれないのだ。
と悶々とする日々が続いた。親子関係は 身近な存在故、ボタンの掛け違いが生じると、逆に修復が困難になり、数年たって金光教主様の御結界で、
お袋さんの心情をおもんばかっているかと諭された。すなわち、自分が、自分がと自己主張している限り、「タライの水」のごとく、水はこちらには、
回ってこない。
翻って、先日当方の親子関係の中、「神様助けて下さい」と深刻な状態を吐露しましたが、お陰様で、その後子供の気持ちを、相手の気持ちを少しは
おもんばかる気持ちを持てるようになった結果、親子関係の修復に一歩、一歩近づいて来たように思います。
神様に褒められているようで、うれしい。
今回の大祭後の教話では、栃木教会の土方教会長より、「おかげはタライの水」との、み教えをご自身の経験をベースに披歴してくださった。
親子関係の中にも、ご自身の修行時代、結城教会からの帰りが遅いと母上から毎度の様に譴責された。なんで自分の行動がわかってくれないのだ。
と悶々とする日々が続いた。親子関係は 身近な存在故、ボタンの掛け違いが生じると、逆に修復が困難になり、数年たって金光教主様の御結界で、
お袋さんの心情をおもんばかっているかと諭された。すなわち、自分が、自分がと自己主張している限り、「タライの水」のごとく、水はこちらには、
回ってこない。
翻って、先日当方の親子関係の中、「神様助けて下さい」と深刻な状態を吐露しましたが、お陰様で、その後子供の気持ちを、相手の気持ちを少しは
おもんばかる気持ちを持てるようになった結果、親子関係の修復に一歩、一歩近づいて来たように思います。
2010,05,24, Monday
5月21日 参拝させていただきました。なお、20歳で急逝された畑秀彦さんの30日祭もありました。
『天地賛仰詞』には、『天寿の長幼は不定にして、人知の測り及ばざる処なれども・・・・・・・・・』と教えられておりますが、未熟者の私には、なんとも、悲しい出来事あります。
気仙沼教会長奥原志郎師の記念教話がありました。10~20代の青年男女3名のお取次ぎの実例のお話で、大変良いお話でした。現代におけるお取次ぎのお手本になるようなお話でした。
『天地賛仰詞』には、『天寿の長幼は不定にして、人知の測り及ばざる処なれども・・・・・・・・・』と教えられておりますが、未熟者の私には、なんとも、悲しい出来事あります。
気仙沼教会長奥原志郎師の記念教話がありました。10~20代の青年男女3名のお取次ぎの実例のお話で、大変良いお話でした。現代におけるお取次ぎのお手本になるようなお話でした。
2010,05,04, Tuesday
天候不順から、ようやく気持ちよい朝になりました。もし昨日まで目が見えなかった人が朝起きたら目が見えるようになっていたら、どれほど嬉しいことか容易に想像できます。
昨日まで、末期癌で苦しんでいた人が朝目がさめたらすっかり治っていたら、どれほど嬉しいことかも同様であります。信者さんであれば『奇跡的な神様のおかげ』と大喜びして、神様にお礼することでしょうね。
でも、信者さんでない人は、そうは言っても、信心すれば、みんなが目がみえるようになったり、末期癌が治るわけではないでしょう、なんて言う人もいるかもしれません。
また病気でなかった人が、朝起きて、『目がみえる、末期癌でもない』という事に対して、『奇跡的な神様のおかげ』として大喜びして、神様にお礼することができるでしょうか?病気にならなかった分、こちらのほうが、有難いはずなのに・・・・・・・・・・・
神様は信心しても、しなくても、おかげは授けてある。とおっしゃっています。信心するということは、神様の偉大なる天地のみ働きを理解することができるようになって、「ありがたい、ありがたい」と言う気持ち、、「我賀心」に導いてくださることなのでしょうかね????
やがて、病気や難にあうこともありましょうが、それでも命があることにお礼がいえるように稽古を積んでいくべきなのでしょうね。どうやら稽古に終りはなさそうです。
「おかげ」は受けるものというか、話を聞いて理解するものかもしれませんね。
昨日まで、末期癌で苦しんでいた人が朝目がさめたらすっかり治っていたら、どれほど嬉しいことかも同様であります。信者さんであれば『奇跡的な神様のおかげ』と大喜びして、神様にお礼することでしょうね。
でも、信者さんでない人は、そうは言っても、信心すれば、みんなが目がみえるようになったり、末期癌が治るわけではないでしょう、なんて言う人もいるかもしれません。
また病気でなかった人が、朝起きて、『目がみえる、末期癌でもない』という事に対して、『奇跡的な神様のおかげ』として大喜びして、神様にお礼することができるでしょうか?病気にならなかった分、こちらのほうが、有難いはずなのに・・・・・・・・・・・
神様は信心しても、しなくても、おかげは授けてある。とおっしゃっています。信心するということは、神様の偉大なる天地のみ働きを理解することができるようになって、「ありがたい、ありがたい」と言う気持ち、、「我賀心」に導いてくださることなのでしょうかね????
やがて、病気や難にあうこともありましょうが、それでも命があることにお礼がいえるように稽古を積んでいくべきなのでしょうね。どうやら稽古に終りはなさそうです。
「おかげ」は受けるものというか、話を聞いて理解するものかもしれませんね。
